横浜地方裁判所 昭和54年(行ウ)18号 判決 1983年2月14日
原告
志摩芳次郎
外一三名
右原告ら訴訟代理人
木村和夫
三野研太郎
横山国男
伊藤幹郎
三浦守正
岡田尚
山内道生
林良二
星山輝男
飯田伸一
被告
(亡渡辺隆訴訟承継人)
渡辺和子
外四名
右被告ら訴訟代理人
堀家嘉郎
松崎勝
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実《省略》
理由
一当事者について
請求の原因一は、当事者間に争いがない。
二本件支給について
請求の原因二は、当事者間に争いがない。
三本件規則付則六項について
1 法二〇四条三項、二〇四条の二、地方公務員法二四条六項、二五条一項によれば、普通地方公共団体の常勤の職員に対する給与の額及び支給方法は条例で定めなければならないとされている(いわゆる給与条例主義)。
したがつて、本件支給もまた右のいわゆる給与条例主義に沿うものでなければならないが、これを判断するについては、本件支給の法令上の直接の根拠は本件規則(甲第二号証参照。以下同じ)付則六項であるから、同項か本件条例(甲第一号証参照。以下同じ)五条の二の委任の範囲内にあるか否かを検討する必要がある。
2 本件条例一条は、「この条例は、職員の退職手当に関する事項を定めるものとする。」と規定し、同条例二条一項は、「この条例の規定による退職手当は、職員のうち常時勤務に服することを要するもの(市長、助役、収入役及び教育長を除く。以下「職員」という。)が退職した場合にその者(死亡による退職の場合には、その遺族)に支給する。」と規定して、本件条例が市の一般職職員(以下「職員」という。)の退職手当に関する事項を定めるものであることを示している。
そして、本件条例は、三条、四条、五条、五条の二の各規定により、職員の退職の態様に応じて、退職手当の額を区分して定めている。右の各条文により規定された退職手当の支給の対象及び支給額の算定方法の区分は別表五記載のとおりである。右の区分によれば、職員の退職手当の支給額は、三条、四条、五条、五条の二と条を追うことに、その優遇の割合が高められることが認められる。すなわち、職員の退職手当の支給額は、本件条例五条の二において最も優遇されることが明らかである。そして、このことは、本件条例六条により、退職手当の最高限度額が、三条から五条までの規定による場合には職員の退職の日における給料月額に九〇を乗じて得た額とするのに対し、五条の二の規定による場合には、九〇を上回る一三〇を乗じて得た額とすることからも窺い得るものである。
このように退職手当の額につき最も優遇される本件条例五条の二所定の支給の対象は、別表五の①欄記載の(1)ないし(3)であるが、このうち、(1)はさておき、(2)及び(3)、とりわけ(2)につき優遇の趣旨を考察してみるに、(2)が年齢に着目した規定の仕方であること及び職員については定年がないこと(このことは、当事者間に争いがない。)に照らすと、(2)の退職手当を特に優遇する趣旨は、職員の高齢化による事務の非能率化、人事の停滞、財政負担の増加を回避するために、一定の年齢を設定し、その年齢で退職する職員の退職手当の額を特に優遇して、退職後の生活に備えさせ、よつて間接的に退職を促して、職員の人事を刷新し、組織の流動化及び財政負担の軽減を図るということにあるものと解される(証人岩澤及び証人室井力も、これとほぼ同趣旨の証言をする。)。
してみると、本件条例五条の二第一項による年齢の決定の規則への委任の範囲は、当然、右の趣旨を前提としたものと解されるが、規則制定権者である市長としては、右の趣旨を踏まえる限り、右の年齢の決定を、全職員一律のものとする必要はなく、例えば、職種、勤務条件等に応じて年齢を各別に定めることも許されるし、また、単一の年齢ではなくして、一定の幅を持つた年齢を定めることも許されるものと解される。
3 本件条例五条の二第一項の委任に基づき、本件規則二条は、「条例第五条の二第一項の規定による規則で定める年齢は、満六〇歳とする。」と規定し、また、本件規則付則六項が、「一般職職員として勤続する期間が二〇年以上(昭和四三年四月一日において在職するものについては一一年以上)で、第二条に定める年齢未満の者が、その職に引き続いて地方自治法(昭和二二年法律第六七号)第一六一条第二項若しくは同法第一六八条第二項に規定する職(次項において「助役等」という。)に選任され、又は地方教育行政の組織及び運営に関する法律(昭和三一年法律第一六二号)第一六条第一項に規定する職(次項において「教育長」という。)に任命させることにより当該一般職を退職した場合は、当該退職の日をもつて第二条に定める年齢とみなす。」と規定する。
以下、右の本件規則付則六項が、本件条例五条の二第一項の委任の範囲内であるか否かについて検討する。
本件規則付則六項が一種のみなし規定であることは、その規定の文言自体から明らかであるが、同項にいう「みなし」とは、いうまでもなく、同項所定の一般職職員の退職の日を本件規則二条所定の六〇歳として取り扱うことを意味する。しかして、前記説示したように、本件条例五条の二第一項による年齢の決定の委任の範囲は、年齢の一律的決定あるいは単一の年齢の決定に限定されるものではないから、右のようにみなし規定の形式で本件規則二条所定の六〇歳のほかに、六〇歳未満のある程度幅のある年齢をも本件条例五条の二第一項所定の年齢として取り扱うことも差し支えないものと解され、したがつて、本件規則付則六項がみなし規定であることをもつて直ちに右の委任の範囲を超えているということは当たらない。
問題は、むしろ、本件規則付則六項所定の職員に対し、本件条例五条の二所定の退職手当の優遇を認めることが、同条の趣旨に沿うか否かであるといわなければならない。
前記説示したように、本件条例五条の二に基づく支給の対象のうち、別表五の①欄記載の(2)につき退職手当を特に優遇する趣旨は、職員の高齢化による事務の非能率化、人事の停滞、財政負担の増加を回避するために、一定の年齢を設定し、その年齢で退職する職員の退職手当の額を特に優遇して、退職後の生活に備えさせ、よつて間接的に退職を促して、職員の人事を刷新し、組織の流動化及び財政負担の軽減を図るということにある。
しかして、本件規則付則六項所定の支給の対象は、規定の文言から明らかなように、一般職職員たる地位を退職するものの、それに引き続いて一般職職員よりも高い給与の支給を受けることとなる市の特別職職員に任命される者である。
前記本件条例五条の二の趣旨の下に想定される退職と、右本件規則付則六項所定の退職とを対比すると、前者は一定の年齢の到来を契機とするいわば自然的機械的な退職であるのに対し、後者は任命権者である市長の行政政策的裁量に基づく特別職への選任を原因とする人為的任意的な退職であることに本質的な差異があり、それ故、当然のことながら、前者の場合には、退職に伴い市の職員としての一切の身分を失うのに対して、後者の場合には、一般職の身分は失うものの、より高い給与で待遇される特別職として引き続き勤務することにより市の職員たる身分は失わないのである。
右の対比からすると、本件条例五条の二第一項所定の規則で定める年齢に達したことによる退職と本件規則付則六項所定の退職とは、その範疇を異にするものというべきであり、これを同列に取り扱うことは正当とは解されない。
したがつて、本件規則付則六項所定の退職についても、本件条例五条の二と同様の退職手当の優遇措置を認めるために、その旨を条例をもつて定めるならばともかく、本件条例五条の二の委任の範囲内であるとして右の退職にかかる規定を規則に定めることは許されないというべきである。よつて、本件規則付則六項は、本件条例五条の二の委任の範囲を逸脱したものとして、違法無効な規定であるといわなければならない。
被告らは、本件規則付則二項、四項をあげて、同付則六項も本件条例五条の二の委任の範囲内であるとも主張するが、右二項はその規定の文言から明らかなように、一般に付則制定に際して規定される事項を定めたいわゆる経過措置に関する規定であり、右四項もその規定の文言によれば、本件条例五条の二の適用を受けるため、所定の退職の手続をとつたところ、市長から退職の承認を受け得ないまま、本件規則二条の年齢を経過した後、退職した者に対しても本件条例五条の二の適用を認めるいわば当然の救済規定であつて、これら二項、四項の存在をもつて右六項の規定も許容される範囲内であると解することは到底できないものというべきである。
なお、証人岩澤、同須藤慶久の各証言によれば、岩澤は、昭和四二年五月から同四六年四月までの間、鎌倉市人事課長の職にあつて同四三年三月の本件条例五条の二の付加改正作業を担当し、須藤慶久は、同五〇年五月から同五三年一〇月までの間、同市職員課長の職にあつて本件規則付則六項の付加改正作業を担当したものであるところ、前者は本件条例五条の二第一項にいう規則で定める年齢に達したことによる退職の中には、一般職を退職して引き続いて特別職に就任する場合も含まれる趣旨であつたと証言し、後者は本件規則付則四項の存在から同六項も許されると解すると証言する。
しかして、右両者とも、いわゆる立法担当者ということができるところ、法令の解釈に際しては、法令の立法当時の事情を知る担当者の意見はそれなりに傾聴すべきものと考えられないではないが、右両者の本件条例及び本件規則付則に関する前記見解は、本件条例五条の二第一項の委任の範囲に関する前記説示に照らして、同項の趣旨を正解したものとは解されず、採用することはできない。ことに、証人岩澤の証言によれば、岩澤は本件条例五条の二の付加改正に当たり、「藤沢市議員の退職手当に関する条例」(以下「藤沢条例」という。)を参考としたことが認められ、成立に争いのない乙第一六号証の一によれば、岩澤が参考とした藤沢条例五条は、同条による退職手当の支給の対象として、「二〇年以上勤続して一般職から常勤の本市特別職(公選による場合を除く。)として就任する理由で退職した者」と「規則で定める年齢(以下「年齢」という。)に達したことにより退職した者」とを列挙して規定していることが認められるところ、本件条例五条の二第一項は右のうち後者のみを採用したものと推認されるから、同項の解釈に際して右の前者の趣旨をも含めて解釈することに、そもそも無理があるものといわなければならないのである。
四本件支給の違法性について
請求原因三の5の事実は当事者間に争いがないところ、被告らは、本件規則付則六項が違法であり、したがつて、同項の制定が違法であるとしても、それが取り消されない限り、いわゆる法規の拘束力があるから、当然に同項に基づく本件支給が違法となるものではないと主張するので、以下これを検討する。
被告らも自陳するように、本件規則付則六項の制定行為は、市の職員一般を対象とする抽象的な法規範の定立であるに止まり、それを超えて特定の職員に対し直接具体的な退職手当受給権を付与する公定力ある行政処分であると解することはできない。
してみると、法規の制定手続あるいはその内容の違法を理由として法規そのものの取消しあるいは無効確認等を訴求することは、具体的な争訟性を欠くものであるから許されないものといわざるを得ず、法規の拘束力を理由として本件規則付則六項の違法性の本件支給への承継を否定することは、同項の制定及び本件支給のいずれについても訴訟上争う途を閉ざす結果を招来することとなり、かかる結果を容認することは著しく衡平の観念に反するものといわなければならない。
また、実質的に考察しても、本件支給は本件規則付則六項の規定によつて、何らの裁量の余地なくなされるものであることが明らかである。
したがつて、本件規則付則六項の違法性は本件支給に当然承継され、それ故、本件支給もまた違法なものとなるといわなければならない。
ところで、本件支給は、これを行為として分析してみると、渡辺の法二三二条の四第一項に基づく支出命令(以下「本件支出命令」という。)とこれを前提とする現実の支給行為とに分つことができるが、後者は前者に基づく事実行為にすぎないから、前者、後者を一括して、これを渡辺の行為として評価して差し支えないものと解する。
そうすると、本件支出命令も違法と断ずるほかない。
なお、被告らは、法二四三条の二第一項後段の規定に照らして、先行行為の違法が一見明白である場合に職員がそのことを認識し、又は重過失によつて認識しないまま、支出命令をしたときに限つて、先行行為の違法性が承継されるとも主張するが、違法性の判断は客観的になされるべきものであつて、職員の認識という主観的な要素によつて左右されると解するのは正当ではないから、右主張は採用することができない。
五本訴請求の適用法条について
本訴請求は、法二四二条の二第一項四号に基づくものであるところ、同号によるいわゆる代位請求訴訟は、地方公共団体が、職員等に対し、実体法上同号所定の請求権を有するにもかかわらず、これを積極的に行使しようとしない場合に、住民が地方公共団体に代位して、右請求権に基づいて提起する地方自治法が認めた特殊な訴えであると解される。したがつて、法二四二条の二第一項四号の規定は住民に右代位請求訴訟を提起する資格を付与するにすぎず、右訴訟の前提となる実体法上の請求権の発生する根拠は、別途、民法、地方自治法その他実体法の規定に求めなければならないことはいうまでもない。
そこで、原告らの求める本訴損害賠償請求権の実体法上の根拠を考究することとする。
原告らは、渡辺の本件支給が違法な公金の支出に当たると主張するものであるが、それによつて本件支給がなされた前示本件規則付則六項の規定を渡辺が市長として制定したこと自体を違法と主張するものでないことは原告らの自陳するところであり、また、本件支給が渡辺の法二三二条の四第一項による支出命令とこれに基づく現実の支給行為とに分析されることは先に説示したとおりであるところ、他に渡辺が右支出命令に基づく現実の支給行為にも関与したとの主張立証はないから、原告らの前記主張は、結局渡辺の右支出命令の違法をいうものにほかならないと解せられる。
しかして、原告らは、本件支給につき渡辺に故意又は過失があると主張する。右主張に照らすと、原告らは本訴損害賠償請求権の実体法上の根拠を民法七〇九条の不法行為に求めているものであることが明らかである。
ところが、一方、法二四三条の二第一項後段は、「次の各号に掲げる行為をする権限を有する職員又はその権限に属する事務を直接補助する職員で普通地方公共団体の規則で指定したものが故意又は重大な過失により法令の規定に違反して当該行為をしたこと又は怠つたことにより普通地方公共団体に損害を与えたときも、また同様とする。」と規定して、これによつて生じた損害を賠償しなければならないとし、各号のうち、二号は、「第二百三十二条の四第一項の命令又は同条第二項の確認」と規定する。そして、右二号所定の法二三二条の四第一項の命令をする者が、普通地方公共団体の長であることは文理上疑問の余地がない。
してみると、法二四三条の二第一項の規定は、民法七〇九条の特別規定であると解すべきで、同項所定の行為に関する限り一般法である民法七〇九条の規定の適用は排除されると解するのが相当である。
もつとも、法二四三条の二第三項が、普通地方公共団体の長は、同条一項に基づく請求権を賠償命令の形で行使するものと規定していることから、同条一項所定の職員の中には、普通地方公共団体の長は含まれないとする見解もあり得るが、少なくとも同条一項後段の規定の文言上、同項所定の職員の中から普通地方公共団体の長を除外したものと解することはできないし、また、必ずしも、同条一項所定の行為をした普通地方公共団体の長と同条三項所定の行為をする普通地方公共団体の長とが同一人であるというわけでもないから、右の見解を採用することはできない。
したがつて、本訴請求において代位行使される実体法上の請求権の根拠は法二四三条の二第一項後段であるというべきである。
なお、法二四三条の二第一項所定の損害賠償請求権は同条三項以下の規定に基づいてのみ行使されるべきで、右規定に基づく手続を経ることなく、直接同条一項に基づいて損害の賠償を訴求することはできないとの見解が考えられるが、同条三項以下の規定による手続は、同条一項所定の損害賠償請求権を普通地方公共団体の判断に基づいて簡易迅速に行使するための手続であると解すべきであつて、この手続があることから、直接同条一項に基づいて損害の賠償を訴求することが排除されたものと解すべきではないから、右の見解を採用することはできない。
六渡辺の故意又は重過失について
1 原告らの主張する損害賠償請求権が法二四三条の二第一項後段に基づくものであること及び渡辺の本件支給すなわち本件支出命令が違法であることは前記認定判示したとおりであるところ、法二四三条の二第一項後段を適用するについては、本件支出命令をするにつき渡辺に故意又は重過失のあることが認められなければならない。
よつて、進んで以下、右故意又は重過失の存否につき検討を加えることとするが、まず右検討に先立ち、本件支出命令の前提である本件規則付則六項の制定の経緯及びその他同項に関連する諸般の事情につき考察してみることとする。
2(一) <証拠>によれば、次の事実が認められる。
(1) 昭和四七年五月、市職員の給与及び任用等について検討する機関として、市の幹部職員を構成員とする鎌倉市職員給与制度研究委員会が発足し、以後随時、同委員会は、市長の諮問を受けて、職員の給与等について答申することとなつた。
(2) 昭和五三年五月、当時の正木千冬市長は、鎌倉市職員給与制度研究委員会に対し、特別職職員の退職手当の引下げについて、同年八月中旬ころまでに答申するように諮問した。
(3) 昭和五三年八月八日、右委員会は、右諮問に対する中間答申をした。
右中間答申は、当時の特別職の退職手当制度の問題点を指摘した上で、その対策として、(ア)一般職から特別職に選任された後に退職した場合に、一般職と特別職の勤続期間を通算して退職手当を算定する当時の方式(以下「通算方式」という。)をやめて、一般職退職時に退職手当を支給すること、(イ)右の場合に、六〇歳未満の者のうち、一般職職員の在職期間が二〇年以上の者については、一般職免職の日を旧規則二条に定める年齢とみなして、退職手当を支給すること、(ウ)特別職職員の退職手当につき加給金は支給しないこと、(エ)特別職職員の退職手当の算出基準を新たに定めること等の提案をした。
(4) 右中間答申に際して、当時の須藤慶久市職員課長(以下「須藤職員課長」という。)は、正木千冬市長に対し、右答申の内容を説明し、同市長もこれをおおむね了承して、昭和五三年八月末に施行される市長選挙後に、右答申を踏まえて条例・規則の改正を行うので、それまで答申を保管しておくように命じた。
(5)市長選挙の結果、正木市長が落選し、渡辺が当選したので、右両者間で事務引継ぎが行われ、正木は、その中で特別職の退職手当についてされた鎌倉市職員給与制度研究委員会の中間答申に基づき、右退職手当の改定を九月の市議会に提案する予定であることを説明し、渡辺もこれを了解して、須藤職員課長に右改定の準備をするように命じた。
(6) 市では、条例・規則の制定・改廃は、原局がその要旨を起案して決裁を得た後、行政課に案を渡して、同課がこれを成文化して、市の幹部職員を構成員とする鎌倉市重要文書審査会に諮り、そこで審査を受けた後、再度、行政課が起案し、市長の決裁を経て、市議会へ送付して提案するという手続が採られている。
(7) 昭和五三年九月八日、職員課は、「常勤特別職職員に係る退職手当制度の整備について(伺い)」と題する前記中間答申を踏まえた要旨の伺い文書を渡辺に提出し、その決裁を受けた。右伺い文書は、職員課から行政課へ送付され、更に、同年同月一二日に鎌倉市重要文書審査会で審査を受けた。右審査に基づき、行政課は、旧特別職条例(甲第四号証参照。以下同じ)の一部を改正する条例案を起案して、昭和五三年九月一八日に、渡辺の決裁を受けた。
(8) 右条例案は、議案第二八号として九月定例市議会に送付され、審議の結果、昭和五三年一〇月七日に可決されて、特別職条例(甲第三号証参照。以下同じ)が成立した。
(9) 通算方式を改め、加給金を廃止する等して特別職の退職手当の引下げを図る特別職条例が成立したことに伴い、行政課は、既に昭和五三年九月二一日に鎌倉市重要文書審査会を経ていた旧規則の一部改正につき、同年一〇月九日、「鎌倉市議員の退職手当優遇に関する規則の一部を改正する規則の制定について(伺い)」と題する文書を起案し、市長の決裁を求めた。右文書の起案理由は、特別職条例の成立により従前の特別職の退職手当が改められることに伴い、一般職から特別職に選任されて一般職を退職する職員の退職手当の優遇措置の整備を図ることにあり、改正の内容は、本件規則付則六、七項(免職の三月前までに退職願を提出することを要しない趣旨)の付加改正である。渡辺は、同年同月一二日、右起案のとおり決裁し、よつて、本件規則付則六、七項を含む同規則が成立した。
以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。なお、証人須藤は、旧特別職条例の改正に伴い本件規則付則六項が付加改正される旨を、同人が九月の定例市議会の総務常任委員会で説明し、委員の了承を受けたと証言するが、<証拠>に照らして、証人須藤の右証言は採用することができない。
(二) 前記認定判示したように、旧特別職条例の下では、特別職の退職手当は、通算方式及び加給金を付加する方式が採られていたところ、旧規則(甲第五号証参照。以下同じ)付則六項は、「一般職職員が第二条に定める年齢に達する日以前において、その職に引き続いて地方自治法(昭和二二年法律第六七号)第一六一条第二項若しくは同法第一五八条第二項に規定する職に選任され、又は地方教育行政の組織及び運営に関する法律(昭和三一年法律第一六二号)第一六条第一項に規定する職に任命され、当該職を退職した場合は、当該退職の日をもつて第二条に定める年齢とみなす。」と規定して、右所定の場合にも退職手当の優遇を認めることとしていた。右規定の当否はともかく、本件規則付則六項は、右旧規則付則六項に代わつて付加制定されたものである。
(三) 本件規則付則六項が本件条例五条の二第一項の委任の範囲を逸脱した違法無効なものであることは、先に説示したとおりであるが、本件規則付則六項が意図する一般職を退職して引き続き特別職に就任する場合に、一般職の退職手当に優遇を認めることは、そのことの当否はともかく、これを条例で定めることは何ら差し支えないものと解される(証人室井力も同様の意見を開陳する。)。実際に、前記認定判示したように、藤沢市は、本件規則付則六項の制定以前、既に藤沢条例五条において、「二〇年以上勤続して一般職から常勤の本市特別職(公選による場合を除く。)として就任する理由で退職した者」につき、退職手当の優遇を認めている。
3 渡辺が、本件規則付則六項の制定に当たり、同項が本件条例五条の二第一項の委任の範囲内にあるか否かにつき十分な検討をせず、委任の範囲内にあるものとして、同項を制定したことは責められるべきであるが、前記認定判示した同項の制定の経緯及びその他同項に関連する諸般の事情、すなわち、同項の制定は、渡辺の独断専行によるものではなく、正木千冬前市長在任時において懸案の課題であつた特別職の退職手当の引下げ問題につきなされた鎌倉市給与制度研究委員会の中間答申、これを諒とした同市長の渡辺への事務引継ぎ、これらを踏まえてされた渡辺の改正準備の指示に基づき、通例の条例・規則の改正と同様の手続の履践の下になされたものであること、したがつて、渡辺を初めとして同項の制定に関与した市職員の誰一人として同項が本件条例五条の二第一項の委任の範囲を逸脱することを怪しむ者がいなかつたこと、旧規則の下においても、その付則六項で一般職から引き続き特別職に選任された後に退職した者に対する退職手当については優遇措置を認めるものと規定されていたこと及び右の退職手当の優遇を条例により規定することは法理上なんら差し支えないものと解されること等に照らすと、渡辺が本件規則付則六項を制定することが本件条例五条の二第一項の委任の範囲を逸脱していて違法であることにつき、故意又は重過失を認めることは困難であるといわなければならない。したがつて、同項を前提とする渡辺の本件支出命令についてもまた、渡辺の故意又は重過失を認めるには至らないものというべきである。
七結論
以上説示したところによれば、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を各適用して、主文のとおり判決する。
(小川正澄 吉戒修一 須田啓之)
別表一〜五<省略>